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Memory of HOKKAIDO Summervacation in 2017 ep.1

8/14
am4:30 起床


・・の前に。今回の旅の主旨としては
6月末に肺ガンで64の若さで逝ってしまった俺の兄貴的な叔父へ会いに行くことでした。

おじちゃんはとにかく病院が嫌いな人でインフルエンザの予防も医業に携わる自分の娘に家で注射を打ってもらうくらいでした(笑)

肺ガンのステージ4が発覚したのが去年の12月。
家族に周りの親族には誰にも言うなという命令のもと、近しい周り以外は逝くまで誰も知りませんでした。
おじちゃんは俺の母親方の姉弟なんですが大阪に住む自分の妹にも言ってませんでしたし千葉にいる兄貴達にも言ってませんでした。

それはとにかく内装業の個人事業主で全国あちこち飛び回っていたおじちゃんは仕事が大好きで仕事を1番にしてきて周りのみんなにも自分の事よりも仕事を大事にしてほしかったし、もちろん生きたい!って思う気持ちもあったし。
だからそんな自分のために時間を割くような事はしてほしくなかったから。
自分に厳しく周りには分け隔てなく何倍も優しい人でした

で、多分おじちゃんの事だから完治した時に笑いながら酒飲みながら
「いや〜実はさ、ガンだったのよ💦
いや〜大変だったけどね〜💦いや、でも治ったから🎵」
なんつって笑い話にしようとしてたんじやないかなーと。
今思いました。

かと思えば身内に何かあればどこにいても仕事の合間を縫って例え短い時間でも必ず駆けつける。

・・そんな人でした。

俺の母親、おじちゃんの姉さんが亡くなったときも朝早くからいてくれて。
俺が涙と鼻水だらけになりながら号泣したときもだまーって受け止めてくれました。




亡くなる日の朝方・・夜中2時に急変したと医者から電話があり留萌から小1時間かかる旭川の病院に駆けつけた長男に対し、苦しみながらも筆談で「仕事どうしたのよ?」といったそうです(笑)
そんな場合じゃないしそんなんどうでもいいべやって💦(笑)


そしてガン発覚後から半年。
抗癌剤で痛みに耐えながら
家族だけに苛立ちを見せながら
お見舞いに来てくれた近しい人には
苦しみを見せずに最後まで笑顔でいながら

6月20日朝5時に旅立ちました。





亡くなってから色々身の回りのものを整理していたらガンが発覚した去年の12月の半年前の6月にレントゲンの要再検査の紙が見つかったそうです。

まず自分達に言ってれば。
そしてもっと早く病院に行ってれば。
みんなそう思ってやるせなかったそうです。


どんだけ病院嫌いなのよって(-_-;)(笑)


そして、それを聞いたのが亡くなった日の夕方。
大阪の姉ちゃんからでした。

・・その瞬間を思い出すと今こうしてても涙が出てきます。

晩飯を作ってたんだけどもうそれどこじゃなくなっておばちゃんとこに電話したら長男がでて。
「なんで言わなかったのよ❗❗」
「いやー・・もう絶対言うなって言われてたから・・」
「そういう問題じゃねーだろ❗❗」
って泣きながら、怒鳴りながらくってかかりました。

そしてそのやりとりが落ち着いてから
まぁ恥ずかし話、そんなに金銭的に余裕はないんだけど、知ってる人は知ってる侠気のあるうちの嫁が「行っといでよ」
と。


で、今回の北海道行きになった訳でした
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category
日記

Comment

No title

そうでしたか、北海道行はそんな経緯だったのですねぇ・・・

こういうことって他人はどう言っていいか難しいですがお気持ちは察します

私も義父ですが自分の親より大事に思っていたので亡くなった時はそれはもう・・・(親はまだ健在です)

今月末に7回忌になるのですがまだついこの前のように感じます

こういう思いって辛いですよね
  • 2017⁄08⁄16(水)
  • 19:49
  • [edit]

No title

> ロリンザーさん

もちろん誰にでもあることですし
自分達が年を取れば思い出のある方達も同じ様に年を取り先に亡くなっていきます。

ただ今回は逝ってしまうまでに時間があったのにも関わらず自分が気づけなかったことが悔しいんです。

自分が苦しいのにも関わらず、それを知れば周りがどう動くかまで考えて自分だって本当は会いたかったのにそれを今の姿を見られたくないとして、治ると信じ耐えたおじちゃんの気持ちが手に取るようにわかるから苦しいんです。

ホントたまんないですよ
  • 2017⁄08⁄16(水)
  • 22:01
  • [edit]

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